男爵ひろし様の作品

螺旋迷宮(スパイラル・ラビリンス)
-前編-

「束沙、ごめんよ。僕はもう・・・・・」
「何を言っているのよ!浩さん。直ぐに治るわ・・・・」
「気を使わなくてもいいよ、束沙。自分が死ぬ事位は分かるから」
「馬鹿な事は言わないで!生きる事を考えて!・・・・」
「もう直ぐ春かぁ。僕等の子供の顔、見たかったなぁ・・・・」
「浩さん、私達の子供の為にも頑張って生きるのよ!・・・・」
「束沙、頼みがあるんだ。聞いて欲しい・・・・」
「え、何?」
「もし女の子が生まれたら名前は春香と名付けくれないか・・・・」
「春香?」
「そう、沢山の人達に春の暖かい香りを届ける子にと願いを込めてね」
「私一人じゃ嫌、浩さんと一緒に名付けたい・・・・だから」
「ごめんよ、束沙。僕も・・・そう・・・したい。でも・・・・・」
「ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ」
「浩、浩さん?あなたぁ!い、嫌ぁああああああああああああああ!」
「3月3日、午前11時15分。御臨終です。・・・・・・・・・・・」
「あなた!あなたぁああああ!起きて!起きてよ!起きてぇ!・・・」
「奥さん、ここは安らかに御主人を・・・・・・・・・・・・・・・」
「嘘!嘘よ!あなた!あなたぁああああああああああああああああ!」

「あなた、あなた。・・・・・・」
「ママ、ママ!起きて。ママ、起きてよ・・・・・・・」
「うん?・・・あれ、春香?・・・私・・・・」
「もう、ママったら。何?寝ぼけているのよ」
「あらやだ!私ったらこんな所で居眠りなんかして・・・・」
「また、パパの夢を見たのママ?・・・・・」
「うん。もう15年も経っているのにね。・・・・・」
「そうよ!ママには私がいるじゃない。元気出して」
「グス。そうよね。有難う春香・・・・・」
「うん。じゃぁ、早く食器を洗ってから寝よ。ママ」
「はいはい」
「寝不足の看護婦さんなんて洒落に成らないよ。ママ」
「あら!言ったわねぇ。それより宿題は終わったの?」
「え!宿題?あは。・・・・^^;」
「もう!しょうがないわね。ママがやるから宿題を済ませなさい」
「へい!ガッテンダだぜ。オバサン」
「ちょっとぅ!誰がオバサンよ!それに女の子のくせに何よその台詞は!」
「おっと!春香ちゃんは逃げるのでしたぁ」
「こら!春香!待ちなさい!・・・・・・」

私は早乙女束沙、34歳。某市立病院の小児科に勤務する看護婦です。
一人娘の春香、14歳。地元の貝殻中学に通う2年生です。夫、早乙女浩が
他界して一ヵ月後に出産しました。結婚してまだ1年も経たない内に癌で他界した夫の遺言に従って。
「じゃぁ、行って来るね。ママ」
「行ってらっしゃい。気を付けるのよ」
「は〜い」
「さてと、私も出勤しなきゃ」
自宅から病院まで車で30分。今日も小児科は賑わっています。
「はい、次の方どうぞ。・・・・先生、カルテを」
「今日はどうされましたか?お子さんは」
「はい、先生。最近、家の子なんかアレルギー見たいで」
「どれどれ、ふ〜む。そうですね」
「どうでしょうか?」
「確かにアレルギーでしょう。一応、採血して調べましょうね」
「はい、お願いします。先生」
「早乙女君、アトピー性鑑別試験の為、ファディアトープを」
「はい先生。他の検査はどうします?」
「そうだな、HBs、HCV抗原、抗体とワッセルマンも追加してくれ」
「はい、分かりました。は〜い、ぼーや。恐くないからねぇ」
「ママぁ!お注射嫌だよぅ!ママぁ、ママぁ!・・・・・・」
「はい!もうおしまい。痛く無かったでしょ。ぼーや」
「では、この処方箋を薬局に出して下さい。お大事に」
「有難う御座いました」
小さい子供相手は本当に大変です。あっと言う間に一日が終わりました。

「お帰りなさいママ。晩御飯、出来ているよ」
「何時も悪いわねぇ。助かるわ、春香」
「えへ、私、いいお嫁さんに成れるかな?」
「そうね、実の母親を捕まえてオバサンと言っている内は駄目かもね」
「あ!酷いママ!そんな事ないよ。ふん!」
「あら、そうかしら?的を得ていると思うけど」
「はいはい、分かりました。オバネエサン」
「もう!子供の頃見たいにお尻ペンペンしちゃうわよ!」
「わぁ!それだけは勘弁してぇ!痛いから嫌!」
「もういいからご飯にしましょう」
何だかんだ言っても優しい子です春香は。この子には私と同じ悲しみを味わって欲しくは無い。幸せに成って欲しい。きっと夫もそう思っていますね。
「ねェママ、今度、学校の文化祭でね。私達の美術部が絵の展覧会をするの」
「まぁ、素敵じゃない。文化祭は何時?」
「来週の土日よ。見に来てくれる?」
「土曜日は午後からお休みだから、そうね。2時位に行くわね」
「わ〜い!顧問の健司先生も喜ぶわ。きっと」
「健司先生?どうして?」
「1〜2度会った事あるでしょう。先生ったらママの事『美人だなぁ』って言っていたよ。ママ、お洒落して来た方がいいよ。クス」
「まぁ、美人だなんて。いい目しているわその先生。るん」
「もう、ママったらいい年して何ルンルンしているのよ」
「こら!一言多いのよ春香は!で、先生は年幾つなの?」
「確か・・・30歳だったかな。あぁ、ママ。何を考えているの?」
「え!何、何でもないわよ。あは・・・・^^;」
「ふ〜ん.・・・・(−−)ジロ」
「何、何よ。その目は・・・・^0^;」

その夜の事、私は寝室で一人寂しく戯れています。夫を思いながら。
「浩さん、あん、だ・・・め。許し・・・て・・・あぁあああ」
首に縄を回してから首元で結び乳房の中央に通し、乳房の下で結び臍のあたりまで縄を下げてまた結びます。更に恥骨のやや上で結んで縄を下ろしてから、両足を肩幅位まで開き股間に縄を回して引き上げます。そしてお尻の割れ目の上で結んで左右から縄を前に回します。既に体の前で結び目と結び目との間に出来た2本の縄の間に縄を通して、左右に広げて後ろでまた結びます。恥骨と股間の縄、臍と恥骨の縄、乳房と臍の縄、と言う様に下から上に縄を回して行き、残った縄を乳房の上下に4巻にして結びます。次に立ったまま両足を揃えて足首、膝、太腿を縛り、小さく輪状にした縄に片手を通して背中に回し、もう片方の手をその輪に潜らせて捻ります。これで女性特有の女縄縛りと亀甲縛りが完成します。そして少し離れたベッドまで飛び跳ねながら勢い良く倒れこみます。まるで強盗に襲われたかの様にして・・・・・
「あん!お願い、乱、乱暴は・・や・・やめ・・て」
「お、お金・・・なら・・・差し上げます・・・から」
「い、命・・・命だけは・・・助けて・・・お願いします」
「え!い、嫌!・・・やめ・・・て・・・あん!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「だ・・・め!私、私の・・・体は・・・夫・・・だけ・・・の」
「あ!嫌!・・・嫌ァあああああああああああああああああああああ!」
私は太腿と股間の間にローターを挟み込んで、深夜に忍び込んだ侵入者に陵辱される妄想を擁きながら悶絶しています。そして・・・・・・
「え!何!何なの!その蝋燭は?何?何をする気なの?・・・・・」
「あ!熱・・・熱い!・・・やめ・・・やめて・・・お、お願い・・・」
「え!そこ・・・そこは・・・だ・・・め!・・・あ!熱い!ひぃいい」
「えぇぇ!今度は・・・顔と舌に!・・・そ、それだけは・・・あ!」
「熱い!熱い!・・・もう・・・許し・・・・許してぇ!・・・・・」
私は左手でローターの強弱を操作して、右手で赤い蝋燭を持ち足、股間、腹、胸、首、顔、そして限界まで出した舌に蝋を垂らして喘いでいます。
「はあ、はあ、はあ、浩さん。どうして、どうして死んじゃったの」
「私を・・・こんな女にして・・・自分だけ先に死んじゃうなんて」
「寂しい、私、寂しいわ。浩さん、浩さん!う、うううう・・・・」
夫と交際していた頃から私は彼の可愛い愛奴として、殆ど毎夜の如く体と精神の奥底まで教え込まれていました。時々こうして私は一人寝の寂しさを紛らわしています。

数日後、私が勤務する病院に県の大学病院から一人の医師が赴任して来ました。
「えぇ、皆さん。今度、当病院に赴任されて来られた伊集院幸二先生です」
「初めまして。外科医として赴任しました伊集院です。宜しく」
「伊集院先生はこれまでに多くの脳移植を成功させた実績の持ち主です。また、伊集院家は1世紀前から続く代々の医者の家系です。祖父の医師は皇宮御所で皇族の方々の主治医をなされた名門のご出身だそうです」
院長先生が私達に誇らしげに話しています。無理もありません。代々続く名門の家系の名医が赴任して来たのですから。
ナースステーションでの看護婦達の会話です。
「早乙女主任、主任。この前に来た伊集院先生がどうしてここに来たか知っていますか?」
「いえ、知らないわ。どうしてなの?」
「それがですねぇ、大学病院では派閥競争が激しいらしくて」
「派閥?ありがちね。でも名門の血筋だから大丈夫なんじゃない?」
「そうですね、まだ40歳だから将来を嘱望されたんじゃ?」
「それが違うのよ。ねぇ、聞いて聞いて!」
「聞いているわよ。落ち着いて話しなさい」
「伊集院先生はそう言う派閥体制が大嫌いなんですって。将来の院長の座を捨ててこの病院に来たんだって」
「この病院には派閥なんて無いからね。アットホームが売りだから」
「それよ!だからここに赴任希望を出したんだってさ」
「へぇ、変わっているわね。そう思いません主任?」
「あら、そうかしら。結構いい人じゃない。私そう言う人好きよ」
「そうですね主任。結構いい男だし、私、狙っちゃおうかしら」
「あんたじゃ無理よ。ちゃらんぽらんだしね」
「そうよ、そうよ。(一同)」
「主任!みんなも酷い!何よ!ふんだ!」
「さぁさぁ、お喋りはもうおしまい!みんな仕事に戻りなさい」
「は〜い、主任。でも主任?まんざらでもないんでしょう?」
「あなたねぇ、一度、婦人科の検診台に縛り付けて病院中を連れ回すわよ!」
「恐い恐い。これだから一人寝の年増は嫌ねぇ」
「何ですってぇ!こら!待ちなさい!」
女同士の会話って大体こんなものでしょうかね。

午後3時30分、一台の救急車が病院に到着しました。救急隊員が医師に。
「先生!患者は立花綾、貝殻中学2年、14歳、女性。部活動中に意識不明に成りました!」
「いかん!可也瞳孔が拡張している!大至急オペ室へ運べ!」
「立花!立花!先、先生!この子を助けてやって下さい!」
「あなたは?」
「はい!私は部活の顧問をしている斎藤健司と言います!」
「斎藤先生、どう言う状況で発病しましたか?」
「部室で彫刻のデッサンをしていたら急に!・・・・・・」
「分かりました!では先生はそこの椅子に掛けてお待ち下さい」
患者を急ぎオペ室に運ぶ伊集院と看護婦、扉が閉ざされました。
「立花!死ぬなぁ!死ぬんじゃないぞ!」
「大丈夫ですよ。伊集院先生ならきっと助けてくれますよ」
丁度その場に居合わせた私は付き添いの彼を励ました。
「あら、あなた。何処かでお目にかかりませんでしたか?」
「え、私は貝殻中学の美術部顧問の斎藤健司といいますが?」
「まぁ、斎藤先生でしたか。私は早乙女春香の母です」
「え!早乙女君のお母さんですか!これは・・・どうも」
「今の子、春香の部活仲間かしら?」
「はい、そうです。早乙女君とは大の仲良しですよ」
「でも、どうして?」
「急に目眩がしたらしく保健室で休ませていたら段々と意識が無くなって」
「そうでしたの。でも大丈夫!助かりますよ。心配なさらないで下さいね」
私が斎藤先生に語り掛けていたら一人の少女が慌ててこちらに・・・・
「はあ、はあ、はあ!斎藤先生!綾は!綾は!・・・・・・・」
「早乙女!駄目じゃないか!学校にいなきゃ」
「だって綾の事が心配で。・・・・・・・・」
「春香、お友達は大丈夫よ。名医に見て貰っているから」
「あ!ママ!そうかここ、ママが勤める病院だったね」
「そうよ。だから大丈夫。ここのお医者様を信じなさい」
「うん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

それから4時間後、オペ室の扉が再び開かれました。
「先生!立花は、立花は大丈夫でしょうか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。でも、あと1時間遅かったら或いは」
「よかったぁ、綾。助かったんだねママ」
「ね、だから言ったでしょ」
「有難う御座います。先生!本当に有難う御座います・・・・・・・」
学校から連絡を貰って駆けつけた立花綾の両親が涙ぐみながら伊集院先生に礼を繰り返し言いました。
「その後の精密検査もありますので、数日入院して下さい」
「はい、お願いします。先生」
立花綾を病室に連れて行きながら、ご両親に医局で入院手続きを指示する伊集院先生の後ろ姿に、一つの命を救った充足感を見た気がしました。
「伊集院先生、今回のお礼と言う訳ではありませんが、来月、市立美術館で私の個展を展示します。これはその招待券ですので、どうぞ」
「斎藤先生、それは頂けません。規則ですから」
「是非、来て下さい。立花とここにいる早乙女をモデルにした個展ですから」
「先生、私からもお願いします。春香のお友達を救って頂いたのですから」
「早乙女主任にまで言われたら断れないなぁ。じゃぁ、頂きますね」
「有難う御座います、先生。楽しみにしていますよ」

日々は流れて春香の通う貝殻中学の文化祭当日の午後3時頃。
「春香、ごめんね。患者さんが多くて診療が延びたのよ」
「ううん。大丈夫だよママ。まだ時間はあるから」
「そうね、綾ちゃんも来れたらよかったのにね」
「綾、元気にしている?」
「来週には退院出来るわよ。よかったわね」
「じゃぁ、健司先生の個展には間に合うね」
「そうね、じゃぁ、春香。展示場に案内して」
「うん。ママこっちだよ」
私は娘に手を引かれながら美術部の展示会場に行きました。
「あ、どうも。早乙女君のお母さん。ようこそ」
「今日は斎藤先生。娘の展示を見に来ました」
「それは、それは。どうぞ、ごゆっくり見て行って下さい」
「ママ、こっちよ」
「まぁ、なんて綺麗な絵なの。これみんな春香達が描いたの?」
「そうだよ。上手でしょう」
春香達が描いた絵画の数々はそれは素晴らしい物ばかりでした。
「そう言えば斎藤先生。個展のモデルに春香と綾ちゃんって言っていましたね」
「それは見てのお楽しみですよ。お母さん」
「凄く綺麗なんだよ健司先生の絵は」
「そうなの?じゃぁ、楽しみね」
「それじゃママ、他の部の展示も見に行こうよ」
「そうね。それでは先生、失礼します」
「今度は美術館でお会いしましょう」
それから私達は沢山の展示物を見物して回りました。私にも昔にそういった思い出がありますので懐かしく思いました。

一週間後、無事に綾ちゃんが退院しました。斎藤先生と春香も来ています。
「立花君、退院おめでとう」
「綾、よかったね」
「うん、有難う。先生、春香」
「綾、今度の日曜日は一緒に健司先生の個展を見に行こう」
「うん、行くわ。春香」
「よかったわね綾ちゃん。退院おめでとう」
「はい。有難う御座いました。先生、看護婦さん」
「綾ちゃんが頑張ったからだよ。先生はとても嬉しいよ」
「では皆さん、ここで失礼します。有難う御座いました」
綾ちゃんのご両親が挨拶をして車で自宅に戻りました。
「さ、ママはまだ仕事があるから春香は先に帰りなさい」
「分かったわママ。ご飯の支度をしているね」
「では、私も帰ります。早乙女さん」
「はい、斎藤先生。お疲れ様です」
二人を見送った後に伊集院先生が私に話し掛けて来ました。
「早乙女主任、後で私の部屋に来てくれないか」
「何ですか?伊集院先生」
「君に話したい事があるんだ。6時の診療時間終了後に」
「分かりました」
この時はまだ、私は伊集院先生から意外な言葉を聞くとも知らずに。

診療時間が終わり私は伊集院先生の部屋に行きました。
「先生、お話しって何でしょうか?」
「早乙女君、15年前の事を憶えているかな?」
「え、15年前ですか?」
「君が出産間近で御主人を亡くされた日の事を」
「はい、今でも・・・でも、どうしてそれを?」
「当時、私はその病院で勤務していたんだ」
「そうだったんですか!知らなかったわぁ」
「主治医じゃなかったからね。無理もないよ」
「お話しはそれだけですか?」
「実はこの病院に来た本当の訳は別にあるんだ・・・・・」
「本当の?」
「当時、御主人の遺体の傍で途方にくれている君の姿が何故か忘れられなかった。その後、県の大学病院に赴任してからもね」
「あの時はとても辛かったですわ。もう直ぐ生まれて来る子供をお腹に抱えて、これからどうしたらいいのか分からなくて・・・・・」
「そうだろうな。その頃、医師会の会員の一人が御主人を癌で亡くされた母親が、懸命に子育てをしながら看護婦をしていると聞いてね。もしやあの時の人じゃないかと思ってインターネットで検索していたら、君がこの病院に勤務している事が分かったんだ」
「それじゃ、私に会う為に先生はこの病院に?」
「そう、何故、君の事が気に掛かるのか。その答えを知る為に・・・」
「それで答えは得られたのですか?」
「いや、まだ分からない。でも、君が患者。特に子供達に接する時の眼差しが他の医師や看護婦とは違う」
「どう違うのですか?私は只、病気や怪我で苦しんでいる患者さんに、看護婦としての当然の行為をしているに過ぎませんよ」
「そうかも知れない。只、私の中での君はそれだけではないんだよ。15年前から君の何かに惹かれているんだ」
「何かって・・・・・・・・」
「早乙女君!私と交際して欲しい。私はこの年まで独身だし君を寄り身近に感じていたい!そして二人で答えを見つけ出して欲しい・・・・」
私の両腕を掴んで交際を迫る伊集院先生に私は戸惑いを抑え切れません。何故なら私には彼の気持ちに素直に応じられない三つの訳があるからです。一つはまだ乳飲み子だった私は孤児院の前に捨てられていた事で、名門の家柄の彼とは不釣合いではないかとの思いが、二つ目は自分の秘められた淫らな性癖を彼に理解して貰えないのではないかとの不安から、そして三つ目はその性癖を私の精神に植え付けた夫への想いが、未だに断ち切れないでいる事も。
「伊、伊集院先生!離、離して下さい!私には・・・私には・・・」
「あ!待、待ってくれ!待ってくれ!早乙女君・・・・・・・・・」
私は彼の手を振り払い部屋から逃げ出しました。私を呼び止めようとする彼に背を向けて。

更衣室に駆け込んで来た私に他の看護婦が声を掛けます。
「ど、どうしたんですか主任?そんなに慌てて・・・・」
「え!何、何でもないわ。・・・・・・・・・・・・・」
「大丈夫ですか?・・・・」
「えぇ、大丈夫よ。そ、それより夜勤の人との引継ぎは終わったの?」
「はい、婦長立会いで終了しています。婦長、怒っていましたよ主任」
「あ!いけなぁい!後で誤らなきゃ・・・・・」
私は着替えを終えてから婦長さんの所に行き、謝罪をしてから家路に附きました。途中、廊下で擦れ違った伊集院先生の視線を避けながら。・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

螺旋迷宮(スパイラル・ラビリンス)後編につづく」


←BACK  TOP  NEXT→