-痛み-
結論から言うと、痛みは苦痛である。
苦痛に感じる痛みが、肉体的快楽になる事は無い。
微妙な痛みの中に官能を見つけることが時にあり。。痛みの全てを否定しきれない。
痛いけどキモチイイ刺激はとても微妙な感覚で。。刺激的な愛撫のひとつだと考えている。
道具の使い方やそのときの精神状態によって、微妙な痛みが苦痛のひとつから、刺激的な愛撫に変わっていく。
熱くて苦痛に感じる蝋燭でも、蝋涙を体から遠ざけ少しづつ落とせば、暖かいと感じるようなものである。
鞭にしろ打つ以外にも使えるし、打つとしても力加減で苦痛の度合いは、全然違ってくる。
少し痛いけどそれがイイと感じるには、精神的な酔いも必要であり、
また。。少し痛いが痛いになってしまっては、官能も何もなく肉体的苦痛になってしまう。
あまりにも微妙すぎて、刺激的な愛撫を感じるのは難しい。
苦痛は痛みだけじゃない。
焦らされ続けるのも苦痛だし、キモチイイでさえ度が過ぎたら、苦痛に変わってしまう。
直接的なSM行為だけでなく、放置や逆に過度に干渉されるのも、苦痛のひとつである。
何事も加減が重要であって、飴・飴・飴・ちょこっと鞭程度が調度いい。
だけど飴ばかりが続くとき、得体の知れない不安がよぎる。
肉体的苦痛を望む不可解な感情に囚われ、不安が大きくなっていく。
もし。。まったく肉体的苦痛を必要としなかったら、私はとっくにSMから足を洗えていたと思う。
そして時に縛りなどのスパイスを使うことはあったとしても、普通に性生活に満足できていたと思う。
飴・飴・飴・飴。。。と続くのも、苦痛のひとつである。
苦通に耐えることを求められて、それを耐え抜いたことを満足してもらいたい。。
そんなどうしようもない想いがある。
苦痛に耐える自分に酔い。。それを望んだ相手の満足に酔いたい。
満足してもらえた。認めてもらえた。そう感じることで得られる精神的な充足。
肉体的苦痛から得られるそれは、肉体的快楽とは異質なものであり、
心の歪みからおとずれる不可解な不安を取り除く安定剤であろう。
自信の無さや劣等感、その他のネガティブな感情。。それらが鬱積し醗酵して、被虐を求めてしまう。
被虐に逃げているだけなのかもしれないが、それが与えられなかったら。。
何をしでかすかわからない自分を知っている。
それでも痛みは苦痛でしかない。
苦痛を苦痛として受け止めることで、救われるモノもある。。
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