男爵ひろし様の作品

脱衣場で・・・・

春の陽気な気候の中、並木道の歩道を歩いている男の所に。
「トゥルルル・・・・はい、もしもし名和羅ですけど」
「あっ、浩一さん。私、束沙、今大丈夫?」
「ああ、大丈夫さ。何だい束沙?」
「あのね、主人が明日から出張なの」
「OK。じゃあ、明日の夕方に君のマンションに行くよ」
「えぇ、楽しみに待っているわ。ドタキャンは駄目よ」
「あはは、俺がいつドタキャンしたんだい?」
「あー!このペテン師!常習犯じゃない、もう〜!」
「やっぱ、行くのを止めようかな〜!」
「あ〜ん!駄目〜!来てくれないならお風呂で死んじゃうわよ!」
「出来もしない事を言うんじゃないよ。束沙」
「グスン・・・また、若い子の所に行く気でしょう」
「何言ってるんだ。俺にはお前だけぜ」
「ふん!どうだか・・・」
「おい、何だよ!その言い方は。終いには怒るぞ!」
「とにかく絶対に来て!じゃないと本当に死んでやるから。カチャ」
「おい!もしもし!もしもし!・・・ちぇ!切りやがった」
名和羅 浩一と螺旋 束沙は半年程前にテレクラで知り合った仲である。
平穏な日常に刺激を求めてほんの遊び心で、束沙は市内のテレクラに
足を運んでいた。そこで浩一と知り合って以来、不倫の間柄であった。


「しゃーねーなー、今夜は一先ず裕香の所に泊まって明日考えるか」
浩一には束沙の他に3人の女がいた。裕香、美紀、瞳である。
何れも束沙より若い娘達ではあるが、束沙には唯一彼女達に勝る物が
ある。彼女の夫である螺旋 純は大手商社の社長をしていた。その富に
他の娘達は到底及ばない。また、純は仕事柄出張が頻繁である為に妻
である束沙に夫婦としての愛情が欠けている点に、浩一は目をつけた
のであった。元来、遊び人の浩一にとってはまさにいい資金源だった
のである。美紀と瞳は今、海外に各々出掛けている為会う機会がない。
そこで浩一は裕香の所へと向かう。
「裕香、俺だ。開けてくれ」
「カチャ、どうぞ。浩ちゃん」
「その浩ちゃんは止めろと言ったろ・・・・」
「あら、可愛いじゃない。ねぇ、浩ちゃん。・・・くすくす」
「はいはい・・・裕香に掛かっちゃ俺も子供扱いかぁ〜」
「はい、そうでちゅよ〜。オッパイ欲しいでちゅか〜」
「バブー・・・っていったい何言わすんだ!裕香」
「あはは、恐い恐い」
「あっ、待て裕香!こら!待てったら・・・・・あはは」
「ほらほら、早く捕まえないとオッパイ舐めさせてあげないわよ〜」
「よ〜し!言ったなぁ〜!覚悟しろよ〜・・・・・」
浩一と裕香はいつもこんな調子である。


翌朝、浩一の腕枕の上で子供の様な寝顔をしている裕香を見詰めながら
浩一は今夜、束沙のマンションに行くかどうか悩んでいた。
「う〜ん・・・あ、おはよう浩ちゃん」
「うん、目が覚めたのか。裕香」
「うん、昨夜は楽しかったね。浩ちゃん」
「ああ・・・・・」
「どうしたの?」
「え?・・・何が?」
「だって浩ちゃん、何か悩んでいるみたいだから・・・・」
「べ、別に何でもないさ。裕香、朝食を食べよう」
「そうね。あっ、そうだ!美味しいカップ麺があるよ」
「おいおい、また、それかい?たまにはまともな物ないのかよ〜」
「だって、好きなんだもん!・・・ふん!」
「やれやれ・・・動物性蛋白質不足になるな。その内に俺は・・・・・」
食事を済ませた浩一は仕事に行くと裕香に告げて部屋を出て行った。
中小企業の営業マンをしている浩一はそこそこの業績は上げていたものの、
既に承知の通り女好きの為給料の殆どを使い切ってしまっているのであった。


退社時刻になり浩一は現金を引き落とそうとして、会社近くのATMに
向かった。
「あっちゃー!今月もまた大ピンチだな・・・・」
元々経済観念の乏しい浩一の口座残高は、常に赤字同然であった事は
言うまでもない。
「まっいいか。束沙にまたせびればいいや」
こうして浩一は束沙の所に行く決心が付いたのある。
「ピンポーン!」
「は〜い!何方?」
「束沙、俺だ。浩一だよ」
「カチャ・・・・嬉しい。来てくれたのね」
「何だい?てっきりドタキャンでもするかと思ったかい」
「だって・・・一ヶ月も会いに来てくれなかったじゃない」
「そうだっけ?」
「そうよ!来る来ると言っときながら何度ふられたかしらね」
「あはは、ごめんごめん。でも、来たからいいじゃん。な」
「な、じゃないわよ〜!もう、人の気も知らないで。馬鹿」
「あー腹減ったなぁ〜・・・・何か食わせてくないか」
「もう〜!そうやって直ぐごまかすんだから〜!」
「腹減った〜死にそうだ〜!」
「はいはい、準備は出来ているわよ。ぼーや・・・うふ」
「やったー!飯飯」


広いキッチンで束沙の手料理を美味しそうに食べる浩一。束沙は
そんな浩一の様子を微笑んで見ていた。
「うふふ、どう美味しい?」
「ああ、最高だね。カップ麺とはえらい違いだよ」
「カップ麺?・・・何それ」
「え?・・・・い、いや・・・こっちの話だよ。あはは・・・」
「浩一さん、いつもそんな物ばかり食べているの?」
「いつもとは言わないけれど、まぁ、殆どインスタントかな」
「駄目よ!そんなんじゃ。もっと健康に注意しなきゃ」
「はいはい、死んじゃもともこもないからね」
「そうよ。あなたに死なれたら私・・・私・・・」
「おいおい、何だよ〜。急に泣くなよ〜・・・・」
「だって・・・だって・・・・・・・」
「あっ、そう言えば昨日言ってたな」
「え?」
「ほら、俺が来なかったら自殺するなんてな」
「そうよ、本気だったんだから・・・・・・」
「でも、俺の言った通りだったろ。出来もしない事だって」
「ええ、そうかも・・・でも、でも浩一さんに会いたかっただから〜!」
「だろうと思ってここに来た訳さ。あはははは」
「悔しい〜!やっぱりペテン師ね!浩一さんは。もう〜!」
「お、やっと機嫌が直った様だな。よしよし」
「もう〜!・・・馬鹿・・・うふふ」


食事も終わって暫く他愛もない会話をしていた二人。
「浩一さん、お風呂を沸かすから沸いたら先に入る?」
「そうだな。束沙はどうするんだい?」
「私、食器の後片付けを済ませてから入るわ」
「そうか。悪いな〜全部まかせてしまって」
「いいのよ。私、後片付けするのは好きだから」
「旦那が羨ましいな。こんな女房がいて」
「お願い、浩一さん。主人の事は言わないで・・・・」
「あっ!ごめんごめん・・・つい・・・・・」
「浩一さんといる時だけは私はあなたの妻のつもりなんだから・・・」
「・・・・・・・・・・・」
例え他の若い娘と遊んでいると知りつつも、束沙は浩一に夫にはない
何かの優しさに惹かれていた。浩一が金目当てである事も承知の上で。
「浩一さん、お風呂が沸いたわよ〜」
「うん、じゃあ先に入らせてもらうよ」
「ゆっくり温まってね」
「ああ・・・・」
30分程して浩一は風呂から上がった。丁度、その頃。後片付けを
終えた束沙は浩一と入れ替わりに入浴する。
「は〜、いいお湯・・・・・・」
その頃、浩一は一人でビールを飲んでいた。そしてふと部屋の片隅に
目を向けた時、緊急避難用と書かれたビニール袋に入っている赤い縄
がある事に気が付いた。そして彼の脳裏にちょっとした悪戯心が芽生えた
のである。


浩一はまだ入浴中の束沙がいる浴室の脱衣場に向かう。彼女に気配を悟られない
様にそっと彼女の下着を全て隠してしまった。程なく束沙が浴室から出て来た。
「あら?下着がないわ!・・・・浩一さ〜ん!」
「うん?何だい?」
「浩一さんの仕業でしょう。下着をどこに隠したのよ〜!」
「さぁね。それより束沙、風邪引くぞ。そのままじゃ」
「もう〜!いったい何を企んでいるのよ?」
「ノーコメント」
「いいわ、後でとっちめてあげるから。バスタオルを取って」
「分かった。ほら・・・・・」
「ありがとう・・・・・・・」
束沙がバスタオルで身体を拭き終わり、そのバスタオルを身体に巻き付け
る為浩一に背を向けた瞬間。浩一はあの赤い縄を取り出して彼女の背後
から近付き、強引に両手を背中に捩じ曲げて彼女を縛り上げた。
「え?!・・・何をするの?」
「むふふふ、いいからいいから」
「解いてよ〜・・・・・・・」
「いやだね」
「もう〜!意地悪言わないで早くこの縄を解いて!」
「解いて欲しければそのままで部屋まで来な」
「あっ!行かないで〜・・・・・きゃ!」
先に部屋に戻ろうとした浩一を追って束沙が小走りになった瞬間、
彼女の右の胸のバスタオルがひらりと捲り落ちた。彼女は思わず
その場に片膝を着いたと同時に、まだ、乾き切っていない髪の毛が
まるでバスタオルの代わりをするが如く、彼女の露出した胸を覆う。
その一瞬の光景を見た浩一は恥ずかしそうに彼を見詰める束沙の
姿に、唯、呆然と立ち竦むだけであった。
「なんて綺麗なんだ・・・・・・・・・・」
「え?・・・・・・」
浩一は頬を赤らめてやや上目遣いで自分に救いを求める束沙に、
遊び付き合いをしている他の女達にはない大人の女性の真の
魅力に気付かされた思いであった。


次の瞬間、浩一はある行動に出た。
「あ、浩、浩一さん!何をするの?」
「いいから黙って・・・・・・・・」
浩一は束沙をそのまま抱き上げて部屋へと向かった。ベッドに彼女を
優しく降ろした浩一に束沙は尋ねた。
「浩一さん、これって・・・SMプレイ?」
「え?ど、どうしてそんな事を聞くんだい?」
「だって私を縄で縛るから・・・・・・・・」
「そう言う事になるのかな?一般的には・・・・・・」
「私をベルトで叩くのや蝋燭を垂らして楽しむの?・・・・」
「恐いのかい?」
「・・・ええ・・・こ、恐いわ。だ、だって初めてなんですもの・・・」
「でも、俺がそうしたいと言ったら?」
「こ、恐いけど・・・私・・・浩一さんがそれを・・・望むなら・・・」
「束沙、安心していいよ。俺は唯君を縛ってからかいたかっただけだから」
「本当?・・・本当にそれだけなの?」
「ああ、そうさ。俺を信じられないのかい?」
「ううん、信じるわ。だって・・・だって、私あなたの事・・・好きだから」
「束沙・・・・・・・」
「浩一さん・・・・・」
不倫の関係にある事などを忘れ去り見詰め合う二人。瞳をそっと閉じる彼女
の唇に浩一は優しく口付けをしてあげた。
「今、縄を解いてあげるね。束沙」
「待って、浩一さん・・・縄を解かないで」
「え?どうしてだい?」
「私って悪い女ね。例え愛してくれてなくても、もう半年も主人を裏切って
いたんですもの」
「それだったら俺も同罪だよ」
「かも知れない。でも、一つだけ浩一さんは私に素敵なプレゼントをくれたわ」
「プレゼント?」
「私に一人の男性を愛する喜びを教えてくれた事よ」
「旦那を愛して結婚したんだろ?」
「そのつもりだった・・・でも、違ったわ。若かったのね、私も・・・」
「どう違うんだい?」
「大会社の御曹司で次期社長を約束された主人の肩書きを愛しただけだったんだわ」
「・・・・・・・・・」
「でも、それは唯の言い訳ね。だから今夜はお仕置きとして縛ったままにして」
「いいのかい?」
「ええ・・・・・・・」
「分かったよ、束沙。でも、苦しくなったら遠慮なく言いなよ。いいね」
「はい・・・・・ありがとう。浩一さん・・・・・」
浩一は上半身を縛られた束沙の両乳房を愛撫し始める。やがてその愛撫は徐々に
彼女の下半身へと移行して行く。縛られている事も重なり束沙はその身を完全に
一人の男性に委ねる事の喜びを悟った。己が女性である事を・・・・・・・。


一夜が明けて縄を解かれた束沙は朝食の支度を始める。
「さぁ、出来たわ。浩一さ〜ん!ご飯よ〜」
「う〜ん、いい香りだぁ〜」
「やっぱり朝はお味噌汁と焼き魚、それと生たまごね」
「くー!これぞ、おふくろの味だぁ〜」
「失礼ねぇ〜!いつから私は浩一さんのお母さんになったのよ〜!」
「あははは・・・・・・」
「もう〜!何、笑っているのよ!」
和やかな一時が過ぎて浩一が出掛け様とした時。
「浩一さん、はい。これ」
「うん?」
「うんじゃないわよ!お金いるんでしょう」
「あ、・・・悪いな・・・え!こんな大金を?」
「もう止めましょう、私達。これ私からの慰謝料兼手切れ金よ」
「え!?・・・・・」
「私、決心したの。例え主人が生涯私に振り向いてくれなくても、私、あの人
を生涯愛し続ける事にしたの。我侭言ってごめんない」
「そうか。そこまで決意しんじゃ俺の出る幕はないな。じゃあ、遠慮なく」
「そうだわ!浩一さん。昨夜の私の下着はどこに隠したのよ」
「へ?・・・あああ、俺の鞄の中だった・・・あはは」
「もう〜。そんなとこに・・・・・あなたって本当に馬鹿ねぇ〜」
「馬鹿はお互い様だろ。あはははは」
「そうね。うふふふ」
「じゃあ、元気でな」
「うん、あなたもね」
こうして二人の不倫関係は終わった。そして浩一も裕香、美紀、瞳の3人に
今までの4股関係の全てを告白したのである。それは浩一自身のけじめの
付けかたでもあった。当然、彼は彼女達から手酷い仕打ちを受ける。
「痛たたた・・・・・何もあんなに殴る事ないと思うけどなぁ〜」


真実の愛とは何か?私自身にも定かではない。世間で言う『失ってから気付く愛』
があると言うが、果たしてそれだけであろうか?一方で失はずとも得られる真実の
愛などもあるのだろうか?この世が存在する限り繰り返される螺旋模様な人間ドラマ。
人々にその真実が明かされる時は、永久に訪れないものかも知れない

『脱衣場で・・・・輪廻の迷宮編  完 』


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